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今私が思う現代世界というファンタジー

今私が思う現代世界というファンタジー
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はい!最近頭がトリップ気味の
DAISUKEです!(@desing_d

今日何となく、散歩をしたいと思ったので嫁も子供も寝ている時間に外に出て散歩をした時に思った事。
完全に日記であり、個人的なオナニー文章なので遊ぶ感じで読んで頂けたらと思います。

鬼滅の刃ってみなさんご存知ですよね。
私も漫画は読みましたし、アニメも面白いと思いました。

ただ、一点気になるのがなぜこの瞬間でこのアニメが流行っているのか?という事。
勿論面白いアニメだとは思いますが、失礼な話そこまで人気が出る作品とは思いませんでした。
そしてこの感覚に近しいのは個人的にはエヴァンゲリオンなどもです。

他にもあるかもしれませんが、この作品の中にはどちらも神の存在があります。
詳しくは知りませんが、エヴァンゲリオンは旧約聖書がネタになっていると思いますし
鬼滅の刃も鬼殺隊の最高位に立つ九人の剣士を柱として表現しています。
柱とは神様を数えるのと同じ表現でもあります。

最近都市伝説が好きなので、少し頭がヘブンかもしれませんが続きが気になる方だけお読みください。

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私たちは目に見える物に囚われすぎている

目に見える事が全てという気持ちはとてもわかります。
私が都市伝説やスピリチュアルに最近興味を持ったのは、田植えを1人でコツコツやっていたら急に泣けてきたのです。
完全に頭可笑しいのですが、決して嫌な気持ちではなく、寧ろ心が安らぐ感じでした。

そこでこの感覚というのは科学や文章では表現出来ませんし、わからない分野というのが所謂スピリチュアルや都市伝説でした。
目に見える物に囚われすぎているというのは、簡単にいうと『静寂』の中にある答え。
本やインターネットのおかげで情報が沢山出回る様になって便利になりました。
それでも、人は争いますし、寧ろ誹謗中傷の様な争いも新たに生まれています。

テクノロジーは人が便利になるための物なのに、使う事を恐れたり、悲しい現実になってしまったり。
私たちは目に見える事を理解します。
目に見えない物であってもそこにあると知っている事は認識出来ます。
酸素があると知っているから目に見えなくても酸素があると思っている。

人というのは他人がいるから自分という存在を認識できる。
そして、その世界というのは個人個人同じ世界をみているはずなのに、脳というフィルターを通すとそれぞれ違う世界が見えていたりする。
自分が見えている世界が全てと思い込んでしまっているのではないかと思う。

私は良く、この人の目には何が見えているんだろと思う時がある。
落合陽一さん、西野亮廣さん、DaiGoさんとかどんな世界が見えているのだろうと思ってしまう。
勿論、幽霊が見える、守護霊が見えるという人の世界も似た様な感じで興味はある。

そこはスピリチュアルという事を全て外して、それぞれみているフィルターの違いというのが面白くてだからライトノベルなどが自分は好き何だと思う。
正直、神様の話をしていたのに全然違う話と思いますよね、次の章でちゃんと書いて行きます。

世界は心の拠り所を必要としている

結論を先に言ってしまうと、人は心の拠り所を求めているという事だと思います。
私は歴史は大嫌いだったので全然知識はないですが、神さまが祀られるというのは心の拠り所だったのではないかと思います。
お墓に手を合わせるのも、心の拠り所なのではないかと思います。
そして神社には鏡が置いてあり、カガミの我を抜くとカミになる、つまり『我の中に神がいる』とか言われているっぽいです。

そう考えると、神社にはお願いをするというよりも誓いや不安などを自問自答する場所だったのではないかと思うのです。
ヨガの瞑想だったり、お祈りなども長い時間やりますよね。

それっていうのは、人間って弱い生き物で心が変わる物だから、合っているのか?と考えるのだと思います。
私には幽霊は見えませんし、守護霊も見えません。
でも、お墓には手を合わせますし、おじいちゃんおばあちゃんは大好きなので、信じていますし、見守っていてくれると嬉しいと思います。

そんな人間が、テクノロジーの進化によって物凄い速さで時間が過ぎ去って行き、超常刺激により依存的になり脳がバグって不安になって憂鬱な世の中になっている。
追い討ちの様に、コロナで人を会えなくなる事によって、自分の存在が不安になる。
裕福になると、神は世の中から薄れていき。
貧困になると、神をに人は求める。

その神というのは、心の拠り所であり、神や仏として形にした方がわかりやすいからそういしただけで。
本来は形のない存在なのだと思います。
全てが一つで、全てが自分が作り出した物、自分で作り変えれる物、自分が破壊できる物
存在というのもへんですが、自分の中に神はいるという事なんですよ。

要はこだわり、決意、などの曲げられない心みたいな物だったり。
愛する人を信じる気持ちだったり、子供を思う心だったり。
表現する言葉がないので、神や仏という言葉をつかうけど、そういった物が欲しいのだと思うのです。

神がここにいるよと言っている気がする

私は内心あたおかなので、子供の頃に自分意外が居ない世界だったら楽なのかな?と考えた時がありました。
想像してみると、自分って誰?そもそも自分って何?という気持ちになりました。
要は生きている感じがしないんですよね。
心が生まれないというか、無いというか。
でも意識はあるから、魂はあるそんな感じ。

なので、自分の中に一本の柱が必ずあって、それに気がついていない人が多いのではないかという事。
そして、その信じる物、愛する物、意思や決意、強さというのが強い人は柱となって、大勢を魅了させて愛を与えて支えているのだと思います。

私は、落合陽一さん、西野亮廣さん、DaiGoさんたちはすごい優しい人達だなと思っています。
勿論、分け与える力というか、率いる力、まとめる力、会った事ないので勝手な推測ですが、結果的には大勢の人を幸せにしている事には違いないと思います。
なので、私たちはこういった人たちを神や仏と思ってもいいと思いますし。
勿論、自分自身の中に柱を作って自分を信じてもいいと思いますし。
途中までは連れてって、あとは自分でなんとかするよでもいいし。
信じる物、愛する物があれば正直、なんだっていいってのが持論です。

ただ、本当に神様がいるのだとしたら、定期的に世の中に神の存在を提示しているのではないのかなと思います。
神社に行ったり、仏様に手を合わせたり、信じる人についていってみたり。
全て自由です。

ただ、何というか全てにおいて盲信する事は危険なのでやめましょう
というのは、神というのが絶対であっても、自分という人間は変わる物であり盲信すると依存心が強くなるので多分そこに信じる、愛はありません
これはあくまで、自分の頭の中のストーリーなので宗教に敏感な人は漫画を読んでる感じでお願いします。

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まとめ

今私が思う現代世界というファンタジー

正直、自分が頭で流れている事を垂れ流しに書いているので、文才ないな〜とか思っています。
アニメの下りはそれ程問題ではなくて、無意識のうちに我々は神だったり縋る物というのを探して作りだすのではないかという事です。

それで、世界が少しでも平和になればいいと思うし、それで助かる人が少しでもいるならいいとおもいます。
こういうのを書くとプレッシャーでゲロ吐きそうになるんですが。
でも、YOU書いちゃいなよ!と近くの神社の前を通ったら言われた気がしたので書いてみました。

本当に、自分の勝手な戯言なので気軽に読んでいただけると幸いです。

それでは、読んでいただいてありがとうございました。
DAISUKEでした。(@desing_d

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