My diary

頑張ることは嫌いだけど、頑張ることは好きでもある。

頑張ることは嫌いだけど、頑張ることは好きでもある。

はい!どうも、自分らしさって何だろ?と日々考えております。
DAISUKEです!(@desing_d

頑張ることについて、生活する中で思った事があるので書いておこうと思う。

会社などで、皆それぞれ働いている。
多分それも頑張っている事なのだと思う。

しかし、努力の仕方を間違えていたり、方向性を勘違いしていたり、本質ではない物に夢中になっている時もある。
そういった物を見ると頑張るのが嫌になる。

勿論、誰もが正解を言っている訳でもないし、私が正解を知っている訳でもない。
ただ、現在これだけの情報の中でアップデートとデリートを繰り返し、その中から適切な情報を自分で選択して何とか答えにたどり着かなければならない。

その為には理解する為に、勉強も必要だし、経験だったり、他のあらゆる物が必要なのかもしれない。
私は頑張るのが苦手である。
占いなどをそこまで信じている訳でもないが、今まで三人くらいに見てもらって共通していたことは『頭の中は中学生』という様な表現であった。
要は、私は自分が好きで自己中で、嫌いなことはしたくないし、楽しいことだけやっていたいし、頑張るより楽しいが欲しい。

そんな脳内をしているのは言われなくても理解していたが、多分そういった人間なんだと思う。

でも、頑張ることは嫌いではありるが、頑張ることは好きでもある。
この矛盾した思考について少し書いていこうと思う。

頑張ることは嫌いだけど、頑張ることは好きでもある。

頑張ることは嫌いだけど、頑張ることは好きでもある。

誰でもそうだと思いますが、嫌いなことを頑張るのは楽しくないですよね。
でも、自分が好きなことを頑張るのは嫌いではないというか、自分は頑張っているつもりもないけど、周りが勝手に頑張っていると評価してくれていた事などありますよね。
自分は至って普通に楽しんでいただけ、もしくは自分が興味を持って行動していただけ。

このブログも現在800記事以上書いてはいるが、正直頑張ってはいない。
書き始めた当初は『不労所得を手に入れるんだ!』など思ったりもしていたが、半年もしない内に薄れていった。

あーこれ自分には、無理だと理解した事と、そもそも自分は他人に何かを丁寧に教えるがの好きではないという事と、頭の中でまとめるのもそこまで得意ではないと感じたからですね。

でも、何故今まだブログを書き続けているのかといえば、自分の中にあるモヤモヤした物を言語化するにはとても良いツールだと思ったし、多少のお金を稼げているので子供の物を買ってあげられるし、少なくとも見てくれる人がいて、それが私を見ているのではなく、必要な記事情報を見てくれているだけでも誰かの役にたって、誰かが勝手にハッピーになってくれているならそれもいいかなと思っているから。

不純な理由で頑張ることや、そこに頑張る意味がないと思ってしまった物に頑張ることは出来ないが、ベクトルが変わってそういう考えならやっても良いよねという結果で、継続してその継続した結果を誰かが勝手に頑張っていると思ってくれる。

要は、自分で頑張る!と思って頑張ることは私は得意ではないが、自分がちょっと楽しいかも?と思ってやっている物に、他者た勝手に頑張っていると評価してくれることは好きである。

頑張っていると何に頑張っているのか分からなくなる

私は学生の頃はバンドマンでした。
歌が上手だと言われたので、ボーカルをしていたり、物覚えは割と早いのでギターもベースも簡単な物であれば演奏出来たので、そちらもやっていたりした。

その時間はその時間でよかったのだけど、歌をうまくなろうと頑張っていた時がふと自分が分からなくなった時がある。
そもそも、歌がうまいってなぞや?という問題。

高いキーが出るか?ファルセットが綺麗か?Gacktみたいな歌声か?HYDEみたいな感じか?どれも正解であるという事は理解していたと思うが、自分はどうする事が歌が上手くなるのに頑張る事なのか?というのが理解出来なくなっていた。
とりあえず、毎日腹筋をしたり、ランニングをしたり、カラオケ行って歌ったり。
大抵の人は上手と言ってくれる。

そんな事を考えていると、正直歌うのが面倒というか、楽しくなくなった時があった。
そこから音楽からは少し離れてしまったが、今思えば何となくわかる事がある。

私は、型にハメられた物が余り好きではないらしい。
白黒決める世界ではなく、グレーが好き。
なので、こうでなければならないと出てくると、私は自分という物とそうしなければならないという幻想と、どちらに頑張れば良いのかが分からなくなっていたのだと思う。

簡単に言って仕舞えば、自分らしさを表現する事か、誰かのマネをする事か。
当時の自分は自分らしさなんて考えた事もなかった。
憧れを抱いているから、そういったアーティストになろうとするが、当たり前だが出来る訳もない。
そして、自分の本質上なろうとしてはいない。

上部だけそう思って、その自分らしさという頑張ることから逃げていたのだと思う。
何か行動する事が頑張っているではなく、それが自分の意思で決めた事であり、目的そっているかはしっかり考えなければいけないと思う。

頑張ることは自己満足

よく、これだけ頑張ったから評価してください!的な人がいる。
しかし、頑張ることは意外と当たり前でもあるし、頑張らなくて出来る人もいる訳なので、頑張ることをは個人の選択した物なので、褒められる物でない時もあると思う。

意外と会社の人でも理解していないことがあったので、書いておくと。
例えば、漢字を覚える目的で漢字ドリルを1ページずつ全部書いて覚えた子と、書ける感じや読める感じはスルーして新しい漢字だけ覚えて書いた子だと、一見1ページずつやっていくことの方がノートの書くページも増えるので素晴らしい!と思うかもしれないが、ここは完全に後者の方が素晴らしい。

自分が知らない漢字だけ覚えて、余分な時間を使わないし、ノートの無駄遣いもなくなる。自分で考えて勉強して最小限で最大の効果を出そうとしている。

何故か、おおくの人は沢山やることだったり、時間をかける事が頑張っていると思っているが、そうではないと思う。
物事の本質を理解して、その問題に大して効果的な事を行えば頑張るとなるが、無駄ことをすればそれは無駄な努力なのです。

それが悪いとは言わないが、それに大して他人から評価を貰おうとしているのが何となく変な気がする。
というか、ダサい。
自分でやっているだけで、頑張るって自己満足な物だと思っている。

つまり、頑張るって自己満足なので好きな事は頑張れるけど、嫌いな事っていうのは頑張れないというが基本的には頑張れないよねという話でした。

それでは、読んでいただいてありがとうございました。
DAISUKEでした。(@desing_d

スポンサーリンク

-My diary
-, ,

© 2020 D-desing