人生

綺麗になんて生きなくていいと思う事【綺麗よりもカッコよく生きよう】

2023年4月26日

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綺麗になんて生きなくていいと思う事【綺麗よりもカッコよく生きよう】

綺麗に生きるってそもそもなんだろう?と思ったりします。
どうも、"だいすけ"です!(daisuke

はてな

  • 綺麗に生きるにはどうしたらいい?
  • 綺麗に生きるってそもそもどういう事?

このような事で悩んでいませんか?

結論を言いますと、綺麗になんて生きる必要はないと思いますし、変に綺麗に!なんて言っている人よりも泥水を啜ってでも努力して生きている人の方が私は好きですし魅力的です

綺麗に生きるというのは人によって基準は異なると思いますが、

  • 愚痴や悪口を言わない
  • 見た目が綺麗
  • お金に困っていない
  • 失敗しない

俗に言う完璧人間のような人ではないでしょうか?
実際にそんな人間がいるかはともかく、正直難しい部分が多いと思います。

個人的には、時には愚痴を言っても仕方ないと思いますし、見た目も大事だけど内側の方が大切だと思いますし、お金に困ったからこそ得られる世界があると思いますし、失敗したから学べる事も多いと思います。

泥臭くても頑張って生きている人が美しいのであって、教科書に書いているような綺麗さは不要だと私は思っています
それに、人間の魅力は歪さです。
無理に綺麗に生きようなんて考えてなくてもいいので、なりたい自分になるしかないと思いますし、人間自体がそもそも純粋ではないと思っているので、難しいと思います。

本記事では、綺麗になんて生きなくていいと思う事について持論を書いています。

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綺麗に生きても魅力的だとは限らない。

綺麗に生きても魅力的だとは限らない。

綺麗に生きるというのは、どう言う事でしょうか?
単純に身なりが綺麗な人、お金持ちな人、ブランドの服を着ている人、しかしそう言った物が綺麗か?と聞かれたら疑問を抱きます。
物を持たないでシンプルに生きるのが綺麗なのか?そうだとは思いません。

綺麗というのは、外見的な物だけではなくて内側から滲み出てくる物なのではないかと思います。
それに、綺麗に生きるという事自体があまり好きではりません。
何事もそつなくこなし、なんでもできます、お金もあります、困っている事はありません。
そんな人間に魅力を感じるでしょうか?私は感じません。

泥水を啜りながらでも自分の信念を曲げないで、突き通し努力し続けれる人の方が私は尊敬できますし、美しいと思います。
生き様というのは、決して持ってい物だけでは判断できませんし、綺麗というのは外見的な物事だけで判断してはよくないと思います。
もちろん、アーティストなどの人は苦を表に出しません。
エンターテイナーなので苦しい部分の演出は外に出すべきではないからです。
そういった、誰にも知られる事もないけども陰で必死に努力している行動はとても美しいです。

本当の綺麗というのは、そういう人間の事を言うのではないかと私は思っています。

ココがポイント

外見だけ装った綺麗は不要

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自分を殺してまで綺麗にこだわる必要はない。

自分を殺してまで綺麗にこだわる必要はない。

理想の自分になりたい、綺麗な人生を歩みたいそんな人もいるでしょう。
理想を追う事は素晴らしい事ではありますが、自分は自分でしかありません。
なろうと思っても他人にはなることはできませんし、自分を殺してまで綺麗に生きる必要はないと思っています。

それこそ、自分を蔑ろにして生きてしまうと綺麗ではなくなってしまうのではないかと思います

  • 辛くなったら愚痴くらい吐いたらいいじゃないですか。
  • 見た目ばかりに気を取られていて、周りの人を不幸にしていないですか?
  • お金に困って困りたくないからといって、お金を借りてまで見栄をはっていませんか?

無理な生活は身を滅ぼしますし、我慢し続ける事でもストレスは溜まっていきます。
完璧な人間になろうとすればする程、私たちは壊れていく部分もあると思っていて、逆に機械的に感じたり無理に他人の価値観を自分に当てはまている人も多いなと感じます。

そんな量産的な人間に魅力を感じる事もなく、私は自分を殺してしまうのなら綺麗でなくてもいいと思っています。
◯◯をしてはならない、そんな言葉が溢れかえっている世界で、出来る事は当然重なっていきます。
それはとても面白みのない事であって、自分がしたい事と違うのであればそれは間違いだと思います。
変に綺麗を気にして個性を殺してしまっているのであれば、無用であり。もっと自分を大事にするべきだと思います。

自分は自分というだけで綺麗な物であり、他人の綺麗は自分の綺麗ではないからです。
未来の姿も大事ですが、目先の幸福を見落としてはいけないと思います。

ココがポイント

我慢し続けて自分を殺しているのであれば、そんな綺麗は不要だと思います。

汚れながらでも努力する人の方が綺麗で尊い。

汚れながらでも努力する人の方が綺麗で尊い。

私は綺麗な人よりも、汚れながらでも努力する人の方が好きです。
単純に頑張っている人は好きですし、周りに努力がバレないように生きている人なども好意的ですね。
例えば、私の働いているところではSlackというチャットツールを活用しており、退勤時には『おつかれさまでした』など言うのがルールになっています。
しかし、夜中の2時とかに『おつかれさまでした』など書いていると『この人こんな時間まで働いていたんだ』とか通知がオンの人だと起きてしまう可能性があります。
そう言った事を隠すために、夜中に帰る時もしくは残業で遅くなる時なども何も書かずに退席します。
ルールとしては守っていないかもしれませんが、私はスマートでいいと思っています。
変に自分こんな時間まで頑張ってますよ!感が出ませんし、誰の迷惑にもなりません。

誰にも褒められる事もなく、ただ淡々と努力し続けれる人は美しいです。
人間なんだから、時には挫折もするし、誰かに怒る事もあるでしょう、失敗だってするかもしれません。
それでも、前を向いて歩いている人が美しいのであって、綺麗になろう!とおもってなるのが綺麗だとは私は思いません。
転びながら、傷つきながら形をなしていく姿がかけがえのない物であり、宝石なのだと思います。

誰かになろうなんてしなくていいので、自分なりに努力をしながら進んでいたらそれだけで綺麗なのだと思っています

ココがポイント

簡単に生きている人よりも、困難に立ち向かっている人の方が綺麗で美しい

綺麗になんて生きなくていいと思う事【まとめ】

そもそも、綺麗に生きるって意味がわかりません(笑)
そういう会話を振られたので、私は若干気持ち悪いとも感じました。

人間が綺麗な生き物じゃないんだから、口だけの綺麗なんて存在しないと思っているからです。
それは生き様であり、口で表現するには軽すぎる物なので、行動が全てだと思っています。
あとは、他人の評価なので自分ではどうにもできませんし、汚いくらいの方が人間らしいと思っているので、綺麗になんて生きる事よりも楽しくとか、カッコよく生きる事の方が大事だと思います。

それでは、読んでいただいてありがとうございました!
DAISUKEでした。(@desing_d

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