はい!論理的に考えれないとよく相談されます!
DAISUKEです!(@desing_d)
もう、タイトルの通りなんですが、論理的思考が出来ないという人って意外といるのではないか?と思います。
出来る人からしたら、目の前にある物事をそのまま順序立てて捉えるだけなので、難しくないですがどうにも出来ない人は難しいらしいのです。
何故出来ないか?とかで、物事を細分化するなど、抽象化するなど色々手段はあると思いますが、それでも無理!全然理解出来ない!と言う人は、逆に感覚を研ぎ澄ますというパターンの方がしっくりくるのかな?と思います。
もっと、わかりやすい言い方にすると『考えるな、感じろ』という事ですかね。
本当に論理やら、ロジックで考えろと言われている時代に何言ってんだ!?と言いたくなるのはわかりますが、別に論理じゃなくても事が進めば別に良いと思うのです。
逆に私は最近、量産型のロジックに価値はなく、洗練された感覚と言うのがとても大事な気がしています。
ここに根拠はありませんが、コロナなどで人と離れる事が増えた事で、人とのつながりや共感を求める事が増えてきているのではないかと思います。
勿論、無駄に共感して自分の意見なのか、他人の意見なのか見えなくなってしまう事は良くないかもしれませんが、無理に出来ないロジックで闘うよりも、持っている感性を武器にしてみたらどうですか?と言う事を本記事では紹介していきます。
目次
論理的思考が出来ないなら、感覚を研ぎ澄ませば良い【出来ないなら逆を進めば良い】
論理的思考が出来ないなら、感覚を研ぎ澄ませば良いという理由は以下の通りです。
ポイント
- 量産型の論理思考は面白くなくなってきた
- 感覚を研ぎ澄ますと唯一無二の存在になれる
- たまに感覚と論理って似ていると思う時がある
以上になります。
それでは、詳しく解説していきます。
量産型の論理思考は面白くなくなってきた
論理的思考はとても大事だと思いますし、私も結構論理思考で仕事などを行っています。
論理的な考えは、答えが導き出しやすいですし、感情論などを挟まないので高速で処理出来る様になります。
そして、大体あっています。
ただ、論理的な思考って結構似た様な所に答えが落ち着くんですよね。
リスクを減らして、利益を得て、無難に生きていくそんな感じ。
それがダメだと思わないし、むしろそれで経営を続けていらっしゃる会社はとても素晴らしいと思っています。
でも、納得は出来るんだけど『なんか面白くない』と思ってしまうんですよね。
といっても自分で面白い答えが導き出せるのか?と言われればそうでもないんですが、よくある本などに書かれている量産型の論理的思考には人間も飽きてきたのではないかとか思ったりします。
例えば、YouTubeのサムネやデザインなども、人間はこういう書き方をするとみてもらえる様になる。
とても理解できますが、それが皆んなが行う事によってそれは普通になっていきます。
ブログでSEOを気にして書いている文章を見ると、大体無難な事を書いて読みやすくはありますが、別に面白くはありません。
なので、私はSEOを気にする事をやめたのですが、それが正解かどうかもわかりません。
わからないですが、分からない方がワクワクするんですよね。
自分の仮説が当たっているのか、間違っているのかという実験は楽しいです。
と言う事で、論理も勿論つかうけど、もっと人間ぽく生きた方がいいんじゃね?と思い始めました。
ココがポイント
答えのある所に続くと多分、また量産型に成り代わってしまう。それはやっぱり面白くない。
感覚を研ぎ澄ますと唯一無二の存在になれる
感覚で生きていくと良くない!間違いをしやすい!というのも理解できます。
ここで間違ってはいけないのは、感情ではありません、感覚を頼るのです。
スピリチュアル的な方で捉えてもいいですし、そうでない人は経験と考えると良いでしょう。
頭で考えれない人は、体を動かした方がいいとか、実際に体験した事の方が理解が出来るという人も多いと思います。
なので、そういった経験を沢山して体に覚えさせていく事が成長に繋がるのではないでしょうか。
この人とは相性が悪そうとか、この店には入りたくないと思うのも、個人的には経験でそう捉えて回避しているのではないかと思います。
生活の中の小さな当たり前を、一つずつ拾って大事に経験として取り込む事によって色々な事に転換出来ると思います。
なので、論理的な思考が出来ない!と悩んでいる人は失敗してもいいので、沢山行動してみてください。
とは言う私も、よくよく考えれば結構色々経験しているんだなと最近思います。
そういった過去に積み上げた物が自分を彩っている事になりますし、論理的な考えが出来ないからダメではなく、そちらがダメなら感覚的な方を研ぎ澄ませていくのがいいのではないかと思います。
その過程で、自分の思いを言語化する思考化する事が出来れば問題ないと思います。
そして、そういった経験で出力された物は、自分にしか表現出来ない世界なので、唯一無二の存在なんだと私は思います。
ココがポイント
当たり前の物を、もっと良く感じて吸収していく事でも見える物は変わる。
たまに感覚と論理って似ていると思う時がある
論理的思考を使い続けているからかもしれないですが、無意識的に使う感覚も似た様な感じがするなと良く思います。
感覚で効率などを求めている人は、効率的な行動が習慣的になると思いますし。
常に人と違う事などを考えている人は、そういったロジックの下感覚を発動している様な気がします。
勿論、ロジックベースで感覚を使うのが良いのだと個人的にも思いますが、別に感覚ベースで感情を混ぜて話すのも相手が人間であればいいのではないか?と思ったりもします。
ただ、感情と言うのは結構じゃじゃ馬なので色々思考しなければいけないし、それこそ沢山の経験が必要になってくると思います。
そして、論理的思考が得意な人というのは、圧倒的に物理的な経験値も多い様な気がします。
沢山経験してきたからこそ、感じる物が多いと個人的には思っています。
なので、論理的思考が出来ないと思って落ち込むのではなく、まずは経験を沢山してください。
ココがポイント
経験って、楽しい事、苦しい事、悲しい事、辛い事全てが経験であり財産である事を忘れてはいけません。
論理的思考が出来ないなら、感覚を研ぎ澄ませば良い【まとめ】
論理的な思考が出来ないから、ダメ人間ではなく。
それがダメなら、他の物を取りに行けばいいのです。
人間の中って色々な武器が詰まっていて、環境によって使い分けているだけで誰でも複数もっているのだと思いますし。
一つがダメでも、それに成り代わる他の物もあると思うのです。
なので、諦めないで、自分を卑下するのではなく今出来る事を考えて次を向いていきましょう。
少しでも、あなたが前に進めると良いですね!
DAISUKEでした。(@desing_d)
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